2022年11月30日 更新
第48回『大会予稿集』目次 本文(pdf ファイル)は「会員の頁」の中にあり、本会会員のみが閲覧できます。
第48回日本手話学会大会
日程:2022年12月10日(土)
場所:東京大学先端科学技術研究センター(東京都目黒区)
【基調講演】
カクチケル語の語順と認識
小泉 政利・木山 幸子(東北大学)
言語の理解や産出の際に主語(S)が目的語(O)に先行する語順が好まれる(処理負荷が低く産出頻度が高い)傾向(SO語順選好)が、VOSを統語的基本語順にもつカクチケル語にもみられるかどうかを確かめる研究を行った。その結果、カクチケル語では、理解や産出の際の処理負荷は統語構造が最もシンプルなVOS語順が一番低いが、産出頻度は思考の順序を反映したSVO語順が最も高いことが分かった。人間の認知能力を解明するためには、話者数の多い言語だけでなく多様な言語を研究することが重要である。
指さしと相互作用:ことばは何を伝えうるか
安井 永子 (名古屋大学)
会話において会話参与者が用いる指さしには、特定の方向や物体を指示するだけでなく、会話の進行に関わる働きをするものもある。本講演では、直前の発話の話し手、もしくは発話中の話し手に対し、別の会話参与者が指さしを向ける例を扱い、そのような指さしが、直前の話し手の発話や振る舞いを文脈指示しつつ、それに関わる新たな活動の開始を組織する手段となることを示す。さらに、そのような指さしの働きが、指さしジェスチャーとそれが向けられる対象のみによって可能となるのではなく、指さしジェスチャーが産出される会話の連鎖構造内および発話内のタイミング、共起する発話や他の身体動作等との関連の中で形成されるものであることも示す。
【研究発表】
現代ラオス語の語順
池田 ますみ(国立民族学博物館)・遠藤栄太(香港中文大学)
ラオスは東南アジア内陸に位置し、多くの民族語が話されている社会主義国家である。公用語のラオス語は基本語順が SVO で、語順が重要な要素を占めていると言われている。ラオス手話は、古代ラオス手話に関して記録に残されてないなど、今もなお不明な点が多い。起源については、1990 年ラオス保健省がろう教育の実践を目的とした手話学習のために看護師や療法士5名タイへ派遣されことから、現代ラオス手話が生まれたといっても過言ではなかろう。その結果、現代ラオス手話はタイ手話から影響されたものとなっている。 ラオス手話の基本語順は SOV だが、一致動詞のある文では SVO も観察されている。疑問文では語順の変化がなく、否定文では否定詞が文末にくる。今後は、動詞の種類による語順の変化や、副詞などの項以外の位置など、さらなる研究が期待される。
指差構文にみるオシツオサレツ表象
末森 明夫(産業技術総合研究所)
本稿は日本手話の指差構文にみる文末指差や指差語順に焦点をあて、多重文法モデルにおける用法基盤文法に含まれる左方転位構文や無助詞構文を援用し、指差構文には指差の例示機能ないし代名詞的機能を踏まえた構文的指差(=代名詞的指差、例示的指差)と談話的指差の階調的かつ階層的な構造が窺えることを詳らかにした。このような指差の確率的挙動は、目的論的意味論にみる記述表象と指令表象の階層的構造を示すオシツオサレツ表象でもあることが窺われる。
日本手話の音声的手型と音素的手型
原 大輔(豊田工業大学)
「日本語-手話辞典」に記載されている語に現れる手型の種類は 60 余りに及ぶが、音声的手型と音素的手型が混在している。このような状況は多くの手話辞典でも同様である。そのため、日本手話に音素的手型がいくつあるのかは明らかになっていない。本研究では、筆者らが「日本語-手話辞典」をサンプルとして作成したデータベースを利用し、対立、相補分布等の考えに従い日本手話の音素的手型の抽出を試みる。その結果、音素的手型の数は、音声的手型の数の半数程度であることが示された。
文末詞としての日本手話関西地域変種:/ほんま/をめぐる考察
森 壮也(アジア経済学研究所)・松谷 千寿(奈良県)
ろう社会でよく知られている日本手話の地域的な変種としては、関西地域変種と関東地域変種がある(相良2020、「これが大阪の手話でっせ」出版編集委員会2001、今里2014、2019)。しかし従来のこの2つの変種についての関心の多くは、/名前/という手話の表出形式の違いに見られるように語彙ベースの分析であり、関東地域変種とは異なる言語形式についての指摘である。今里(2014、2019)は、そうした語彙ベースの違いではなく、この変種のAuxや/来る/における文法化の過程を分析している点で注目すべきものがある。本稿は、これとは少し異なるが、やはり文法化の過程の中で起きた音声関西地域変種の「ほんま」と同じ口型(マウジング)を持つ/ほんま/という手話に着目して、この/ほんま/が手話関東地域変種とは違う使われ方をしていることを紹介し、その使われ方が音声関西地域変種ともまた少し異なること、マイノリティ言語である日本手話がマジョリティ言語である音声日本語から影響は受けていても、手指日本語とは異なり、必ずしも音声日本語と同じ使われ方が発達するわけではないことを興味深い言語的事実として示そうとするものである。
手話言語における「心」
髙山 守(東京大学)
「心」とは、日本語使用者にとって、このうえなく身近な言葉である。「心変わり」「心構え」「心苦しい」「心遣い」「心ない」「心残り」等々、その用例は枚挙にいとまがない。では、手話言語において、あるいは、手話言語を母語とするろう者にとっては、どうなのだろうか。実は、「心」の了解形態は、この両者にとって、まったくと言っていいほど異なるのではないだろうか。