2021年2月2日 更新
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日本手話学会第22回大会
日程:1996年7月20・21日
場所:筑波技術短期大学
【研究発表】
地域名の語彙化について
宮本一郎(沖電気工業)
道都府県名や都市名,町名などの地域名の表現は,(社)全日ろうあ連盟発行の「わたしたちの手話」に載っているような,民間伝承,日本語借用から作られたものの他に,或る地域の出身者の第一印象を採用した,なかなか面白いエピソードが語られているのもあれば,時代と共に変わる,時代的考察ができそうなものもある.地域名表現の習得するにあたり,当地域の在住者と部外者の表現について,必ずしも同一でないこと,気付かれることがある.今回は,この差異,且つ,民間伝承的解釈含まれない点に着目し,考察して,仮説を述べる.
手話の分布実態把握の試み(予稿なし)
川岸忍(堺市堺福祉事務所)
日本手話の音韻規制についての試験:分析枠組みを中心に
森壮也(アジア経済研究所総合研究部)
ここ数年,欧米の手話音韻論では分析枠組みの大きな発展が起きており,それらを用いての世界各地の手話の分析が待たれている.こうした近年発展した分析枠組みの代表的なものとして音節構造(Syllable Structure)分析がある.これまでの日本での手話音韻論の議論がとかく枠組みの議論に偏りがちであったのに対して,音韻規則の提示という手話音韻論の本来の役割を考えた時にも,この分析は興味深い発見をもたらしてくれるであろう.特に音声言語との比較ではなく,異なる手話言語同士の比較に際して,非ネィティブ・サイナーが習得した手話がどのようなアクセントを持つかという観察とこの枠組みとの対比から当該手話 (今の場合は日本手 話) の音韻規則をあぶりだそうとするものである.
{男}と{指さし/男}の意味論的分析
大杉豊(ロチェスター大学)
名詞の指示対象がそれと同時的あるいは継時的に共起する{指さし}によって何らかの制限を受 ける傾向は世界中の手話言語に共通して見られる.しかし,空間のある位置ではなく手話単語の {男} を指さす {指さし/男} は日本手話に特有の表現であり,従って{男}の構造と併せて意味論的に,統語論的に分析することで引き算的に{指さし}の言語的な性質が解明されるだろうとの予測が立つ.本論は統語論的分析に先立っての明示的な意味論的分析である. (手話単語の表記法は神田 (1994) の案に従う.)
手話教育の実際
神田和幸(中京大学)・加藤勝由(中京大学オープンカレッジ)
中京大学オープンカレッジでは1995年春期から手話講座を開設しているが,新しく考案したカリキュラムに従い,入門クラス,実践クラス,クラスを運営している.1996年夏をもって一連の講座の第1期修了生が誕生し,新たな局面へと展開するため,これまでの実践を報告する.入門クラスでは手話が自然言語であることを啓蒙し,視覚言語としての特徴や基本的文法を講習している.実践クラスでは文例の学習を基本とし,手話表現力の向上を目指す.応用クラスは手話による歌,芝居,ミュージカルなどの練習を通して,翻訳技術と文脈における表現を学習する.こうした基礎的な語学力を修得した上で会話や通訳などの現場における実際を学習していこうというものである.
手話学習のためのマルチメディア型教材開発
寺内美奈(職業能力開発大学校)・長嶋祐二(工学院大学)
近年,各種メディアを通して手話への関心が高まり様々な形態の手話教材が検討されている.視覚言語である手話を学習する場合に,重要となるのが3次元空間内での情報伝達方法の獲得, さらに非手指信号などを付加することで,適切に文章の統語構造に対応した調動の習得である.既存の手話学習のための教材では,主に辞書型である基本的な単語の調動のみが説明されていることが多く,語の屈折については述べられていることは少ない.また,収録されているビデオ映像や語彙数や文章数に限りがある.このような従来の学習方法における問題点を改善するため,我々は現在,パーソナルコンピュータによるマルチメディア型の手話学習支援システムの構築を行っている.本報告では,健聴の初級者を対象とした学習システムを構築するにあたり,開発中の手話電子化辞書を応用したより効果的な手話学習を行う方法について検討を行ったので,報告する.
電子化辞書による手話アニメーション伝送に関する検討
亀井了・長嶋祐二(工学院大学)
ネットワーク時代の到来といわれる最近,インターネットなどのキーワードを中心に,マルチメディア技術を駆使した通信環境が徐々に整備されつつあり,多くの人々がそのサービスを利用し始めている.しかし,聾者とのコミュニケーションを考慮したサービスは,まだ確立されていない.本報告では,著者らが現在構築中の日本語手話電子化辞書の重要な機能のひとつである,3 D手話アニメーションの自動生成機能を用いることにより,インターネット上で少量のデータ伝送で手話通信が行えるシステムについて述べる.
手話の時空間構造における特徴抽出
田中裕史・市川熹(千葉大学工学部情報工学科)
手話の時空間構造における特徴を,工学的に捜し出して抽出しようと試みた.手話には手指の形や動きのほかに,表情やボディーランゲージも含まれるが,敢えて手話の手の動きだけを用いて解析を行なった.時間的,空間的な要素それぞれに注目して解析し,いくつかの手話の特徴と思われるものを抽出することができた.この特徴を用いることで,機械による手話認識システムの意味理解部分への手がかりとなることが期待できる.
キーワードスポッティングと共起関係を利用した手話文理解
勝田亮・田中裕史・林誠士・市川熹(千葉大学工学部情報工学科)
工学的視点から手話文理解の可能性を検討している.対話型自然言語である手話には,実時間理解可能な形での構造があるとの仮説に立ち,状況情報の制約条件下でのキーワードの組み合わせ(共起)情報を用いた文理解方式を提案する.文におけるキーワードのスポッティングには,手の上下左右前後の大きな動き(大局的情報)を特徴パラメータとする連続DPマッチング方式を 適用した.医療現場を想定したキーワード92語72文の実験に対し,約70%の認識率が得られた.
日本手話における視線について
市田泰弘(国立身体障害者リハビリテーションセンター)
手話言語を構成する要素のひとつである視線について,日本手話の発話コーパスから記述した.視線をその方向や動きによって9種類に分類し,それらの現れる位置が決まっていることを示した.また,特定の視線とその現れる位置ごとに,その果たす役割と機能について考察した.
日本手話の指導にディレクトアプローチを考える
土谷道子(社会福祉法人 聴力障害者情報文化センター)
日本手話は,音声言語としての日本語と違う言語である.日本手話を第2言語として指導する場合,目標学習言語,すなわち日本手話を用いて指導する方法を用いた方がのぞましいと考える.その方法は,ディレクトメソッドまたはディレクトアプローチと呼ばれるが,日本手話を習得させるためにどのように指導すべきかについて,実践をまじえて考えてみる.
手話教育の技法
神田和幸(中京大学)
現在全国各地で実施されている手話講習会は言語教育の観点に立つと問題点が多い.またナチュラルアプローチによる手話教育も一部で試行されているようだが,この方法が手話教育にそのまま応用できるかどうかには疑問がある.日本での英語教育の経験を元に,言語学,言語教育理論を検証し,さまざまな言語教育技法を取り込みながら,1つの教育システムを構築し,現在それを試行している.実際の現場はポスターセッションで紹介し,本論ではその理論的背景を考察する.
口話併用手話の持つ非手指動作習得状の弊害について
赤木俊仁(日本手話学会会員)
最近日本手話における言語学的な分析が進められ,多くの文法構造が明らかにされている.その中で非手指動作の働きの重要さも明らかにされている.日本手話を勉強することは,単語等の習得の他に,この非手指動作の習得も大きなポイントになる.しかし,現在非手指動作の研究はまだ始まったばかりで,現在のところ,一部の非手指動作について報告されているが,その他については,未だに未解明のままである.非手指動作を身につけるためには,どうするべきか.非手指動作の資料が少ない段階ではあ るが,ある健聴者の手話を例を基に,非手指動作の習得について考察する.
聾児の言語発達
小田候朗(国立特殊教育総合研究所)・森井結美(奈良県立ろう学校)・鷲尾純一(国立特殊教育総合研究所)
本研究では聾の両親のもとで育つ一人の聾児を対象として,その手話を中心とした言語発達と多様なコミュニケーション手段の使い分けについて考察した.その結果,本児が手話の発話をはじめとする様々な面で発達的変化を見せていることと,現在本児が身につけている様々なコミュニケーション手段を,相手によって使い分ける様子が確認された.
手話単語辞書の補完と日本語から手話への機械翻訳について
徳田昌晃・奥村学(北陸先端科学技術大学院大学 情報科学研究科)
変換方式の機械翻訳システムでは変換元と変換先の言語の機械可読辞書が必要である.日本語から手話への機械翻訳の場合,変換元の日本語の機械可読辞書は現実的な使用に耐えうるものが存在するが,変換先の手話は600語〜数千語程度の規模の辞書しかない.本研究では日本語辞書を使って手話単語辞書を補完し機械翻訳に使用する手法を提案する.この手法で,単純に変換できなかった単語のうち,約70%を補い,入力文に対して95%の形態素が変換できる見込みがついた.
手話伝送システムS-TELにおける通信回線に関する基礎検討
黒田知宏・佐藤宏介・千原國宏(奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科)
現在各家庭まで敷設されている電気通信ネットワークは音声の伝送を主目的としているため,これらから受ける恩恵には健聴者と聴覚言語障害者(以下,聴障者)との間で大きな差が生じている.そこで,本研究では,各種動作計測技術とVR技術を利用し,遠隔地間での自然な聴障者同士のコミュニケーションを支援する,手話伝送システムS-TELを開発している.S-TELでは,装藩型デバイスを用いて手話を座標情報として入力,転送し,出力側で三次元CG を用いて再現することで,プライバシーの侵害を防ぎながら,手話の持つ感性情報を損なうことなく,手話の自然なコミュニケーションを可能にしている.本報告では,S-TELで手話を実時間伝送する際の必要データ量,及び利用可能な通信回線について述べる.
手話アニメーションによる情報提供
池田尚司・大木優・崎山朝子・佐川浩彦・竹内勝(日立製作所中央研究所)
話は聴覚障害者にとって自然なコミュニケーション手段の一つである.聴覚障害者への手話による情報提供を進めるため,手話をアニメーションで表現することを支援する,手話アニメーション編集ツール「Mimehand」を開発した。手話単語見出しのキー入力によって文の骨格を作り,マウス操作によって表情などを付加したり,手の動きの細かい部分を変更して,読み取りやすい手話アニメーションを作成する。話し言葉である手話を推敲することができる「手話のワープロ」として手話アニメーション編集ツールを用いることにより,手話アニメーションを自治体や公共施設での情報提供や,テレビなどでの緊急情報の伝達などに応用することが可能になる。
パソコンを使った手話学習システムの実際
竹村茂(筑波大学附属聾学校)・平川美穂子(富士通)
「手話一日本語辞書」の手順について長らく検討を重ねてきましたが,富士通のCD-ROM手話ソフト(96年3月リリース)で実現することができました.手話を「片手を使う手話」「両手が同じ形の手話」「両手が違う形の手話」に分類した上で,28種の手形を手掛かりに候補手話を最大9語に絞り込みます.9語は,画面上に小さい動画で同時表示できる最大数です.必要に応じて動きや位置のパラメータも加えます.収録手話は約400語ですが,今後は数千語の手話を包括できるシステムを目指しています.また,パソコンソフトのインタラクティブ性を生かし,初心者向けの手話学習システム(「手話へのステップ」)を構築しました.
手話対話コーパス開発の必要性とその課題:音声認識研究の反省を通して
市川熹(千葉大学工学部情報工学科)
音声対話インターフェースの研究開発は長い歴史あるにもかかわらず未だ本格的実用に耐える技術開発されていない.これは,対話音声と書き言葉の本質的違いを十分に認識しないまま開発進められてきたためと思われる.この反省に立ち,同じく対話型自然言語である手話の研究方法について議論を行なう.対話言語と書記言語の本質的相違点に注目し,対話言語としての手話コーパスの開発の必要性を提案、実現に向けて検討すべき幾つかの課題を示す.
手話でいかに会話が進行するか?:発話交替における発話の重なりを中心に
鳥越隆士(国立身体障害者リハビリテーションセンター)・小川珠実(横浜国立大学教育学部)
本研究は,手話における会話の進行の特徴を明らかにする目的で,発話の重なりを中心に,時間的な分析を行った.分析対象は,ろう者2人による自然な対話である.分析の結果,発話の重なりが,(1)広範囲に見られること,(2)その生起位置があいづち時だけでなく,発話交替時においても見られること,(3)しかも,発話の実質的な部分を含んでいることが明らかになった.それにより,発話の重なりが手話の会話の進行において何らかの機能を担っていることが示唆された.最後に,手話の会話研究における問題点について議論した.
認知科学的手法による手話読取特性の検討
市川優子・福田忠彦(慶応大学)・関 宣正(東京都心身障害者福祉センター)
認知実験,(1)アイカメラを用い,手話表現の何処を見ているかを調べる,(2)同内容の「非日本語対応手話」と「日本語対応手話」の認知に及ぼす影響を比較する,(3)ゲート法により簡単なキャリアセンテンス中の手話単語をどの時点まで見ると理解出来るかを調べる,の3種類を行い,ろう者,手話通訳者,手話学習初心者を比較し,3者間に明らかな差異があることが観察された.
「手話」 の定義とその与える影響について
長谷川 洋 (筑波技術短期大学)
日本における「手話」に対する定義やその位置付けは,聴覚障害者の社会的な地位や個人のアイデンティティともからむ問題であり,その与える影響は少なくない.手話を聴覚障害者に対する社会的な抑圧を跳ね返す武器として使おうという動きもあり,学問と運動との関連も無視できない.本稿では,これまでの言語学者による「手話」の定義やその位置づけが聴覚障害者の世界に与えた影響を考察し,言語学者は研究において,その与える影響についての配慮が必要なことを示す.